上手に紫根 エキス
勉強と言えば、授業を聞いたり、教科書や問題集で学んだりするものだと思いこんでいないだろうか。
しかし実際には教室や机の上で学ぶ以外のところで経験し、感じ取って学べることのほうがはるかに重要で、本質的なのだ。
本当に重要なのは勉強したその先、経験によって何を学び取るかである。
カイロで経験したことも、何かあるごとに「あのときの恐怖に比べればたいしたことはない」と思える貴重な材料となっている。
出会った人、体験したこと、読んだ本……すべては「有効な無駄」であり、それこそが人生の役に立つ。
ところで私の塾では、毎年塾生を沖縄につれていく。
憲法や人権、平和を考える上で沖縄は避けて通れないからだ。
沖縄では現地の法律家や平和運動家、環境問題の活動家など、さまざまな人を訪ねて、直接話を聞くようにしている。
現地に行かなければ感じられない感覚、気持ち、衝撃は非常に重要である。
先頃は嘉手納・普天間基地の爆音訴訟の関係者に会ってきた。
この普天間基地の周辺では米軍のヘリコプターの訓練が行われている。
ヘリコプターは空中で停止するホバリングができる。
訓練だから市街地上空を低空で旋回したりする。
一時間に何回もそんなヘリコプターが飛んできて、しかも夜間・早朝も続くのだ。
その爆音のすごさといったら、目の前にいる家族の声も聞こえないほどだという。
また読谷村では村のまん中にパラシュート降下訓練の基地があった。
ここでも反対運動が起きていた。
パラシュートの降下くらいでなぜ反対するのかと思うだろう。
しかし現地に行ってみたら、パラシュートで落ちてくるのは、トラックやトレーラーだった。
ジャングルに物資を落として展開する訓練をしていたわけだ。
村ではパラシュートが風に流され、民家の庭先にトレーラーが落ちた。
下敷きになった女の子が母親の目の前で死んでいる。
たった今、家の庭先で元気に遊んでいた女の子が一瞬にしてつぶされたのである。
危険な事故が多発するので、やめてくれという運動だった。
そういう生活を強いられている人がいるということを、われわれは想像できただろうか。
テレビのニュースや新聞記事に「パラシュート降下反対運動に村民立ち上がる」と書いてあっても、まったくイマジネーションはわかない。
しかし実際には目の前で女の子がつぶされる。
勉強する目的はそうしたところまで想像力の射程を広げることにあるのではないかと思う。
たしかに、今は情報があふれている。
イラク戦争が起きれば、テレビやインターネットで24時間、情報を得ることができる。
写真や映像を見て「こんなひどいことが行われている」と思う。
しかし自分がかりに現地に行って、子供を殺された母親の目の前に立って、そのときの涙や声や雰囲気や暑さや匂いを感じ取ったとき、その情報と比べれば、映像や写真で得られる情報は何万分の一である。
たった一枚の写真、何分間かの映像でわかった気になってはいけないのだ。
その先にある真理をつねに学ぼうとして、イマジネーションの射程を広げる努力をしないといけないのである。
そのために私は毎年塾生をつれて沖縄に行く。
現場を見ることで感じられるものを手がかりにイマジネーションを広げてほしいと思っているからだ。
現場に行ったり、実際に体験したりすることは想像力の射程を広げるために効果がある。
勉強は机の上のものだけではない。
すべての経験が、勉強を何倍もはかどらせる原動力となるのだ。
「伊藤先生は小さいころから勉強ができたんでしょう?」「ずっと優等生だったんですか?」よく人からそう言われる。
「私は伊藤先生のように勉強ができないから、とても司法試験なんて挑戦するのは無理です」こんなことを言う人もいる。
だが、私自身、最初から勉強ができたわけではないし、優等生だったわけでもない。
私がなぜ勉強が好きになったのか。
私が本当に勉強の面白さに目覚めたのは中学校に入ってからだ。
そこに至るまでの長い道のりについて、まずそこから話を始めよう。
小さいころ、私は近所でも評判の悪ガキだった。
祖父が大工をしていたのだが、その大工道具に興味を持ち、ノコギリを持ち出して、そこら中のものを切って回っていたらしい。
近所の塀が傷つけられたり、植本が切り倒されたりしているたびに、「また伊藤さんちの子だ」と噂になった。
母親はしょっちゅう近所に頭を下げて回っていたものである。
学校に入ってからも、私はずっと問題児だった。
勉強は普通だったが、教師に反抗する子どもだったのだ。
小学校三年生のときは担任の女教師をしょっちゅう泣かせていたし、小学校四年生のときは男性の担任とケンカをして机を投げつけたこともある。
そんな私が小学校四年生の途中から変貌する。
きっかけは、音楽の先生に「トランペットを吹かないか」と誘われたことだった。
それまで音楽などまったく縁がなかったのだが、たぶん身体が大きいということだけで、学校で初めてつくる鼓笛隊のトランペット奏者として抜擢されたのだ。
自分にとっては楽器自体が珍しかったため、面白くなり、必死になって練習した。
それまでの自分では考えられないくらい熱中した。
それが功を奏したのか、朝礼や運動会などいくつかの晴れ舞台を与えてもらった。
乱暴なだけで、それまでほめられたことのなかった単なる暴れん坊が、いきなりの晴れ舞台である。
うれしかった。
それまで学校や社会とかみ合わなかった自分のエネルギーの方向が、うまく定まった瞬間だった。
それからはどんどん変わっていった。
学校から選抜されて「正しい自転車の乗り方コンテスト」に出場した。
私は外遊びが大好きだったから、小さいころから自転車に乗るのが得意だった。
細い道をピューッと通り抜けたり、きれいに8の字を描いて乗ったり、自転車の乗り方では誰にも負けなかった。
会場で、得意の技と知識を披露すると、なんと埼玉県で三位に入賞してしまった。
それまで賞などもらったこともなかった“鳴かず飛ばず”の子どもがである。
自信がついたなんてものではない。
私にとって初めての成功体験は、「やればできる」を強烈に実感させてくれる原体験となった。
どんな小さな成功体験でも人は変わることができる。
それが、私が小学生で学んだ哲学である。
それからの私は、それまで持て余していたエネルギーを今度はプラスの方向に向けられるようになった。
翌年は無謀にも生徒会長に立候補し、当選してしまった。
勉強も一生懸命やって、いい成績をおさめ、先生たちから認められるようになった。
もちろんそれまで問題児かつ乱暴者で通っていたから、まわりの評価がおいそれとすぐに変わったわけではない。
だが、人から認められる喜びと、結果を出した自信が、私を後押ししていた。
そのエネルギーの源は、トランペットと自転車乗りコンテストでの自信である。
そのころから少しずつ、私は優等生になった。
勉強もきちんとするので、成績がよくなって、ますます認められた。
自分が人から必要とされたり、人の役に立てたりするのがこれほどうれしいこととは思わなかった。
人間はささいなことでも変われる生き物である。
それが人から見てどんなにちっぽけなことであっても、人に認められる喜びは「やればできる」という自信に変わり、それまで想像できなかったような力を発揮する。
ささいなことでも全力を尽くそう。
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