ご案内
「子どもができてしまったもんだから、それを潮時にした結婚」、「離婚一回」といわんかい、ちゅうねん(町田康のまね)。
車に追突されると「おかまを掘られた」。
自転車を「チャリンコ」。
略して「チャリ」。
世慣れた言葉を使うのはできるだけやめたい。
おとなの「隠れ家」いったい、だれから、どういう理由で、隠るというのだ、アホが。
その特権根性がしみったれているし、さもしい。
一生隠れてろ、といっておく。
通常、小説以外の評論集やエッセイ集の終わりには「あとがき」というものがある。
その最後でだいたい編集担当者への献辞が書かれるのだが、そのあと二行ほどあけて、「あとがき」を書いた日付および著者名がはいる。
これは、ただの習慣なのだろうが、著者がその本の最後を締めくくった日を記した、というほどの意味である。
たとえば、「昭和三十三年十月高見順」(『昭和文学盛衰史』)「一九八九年八月八日司馬遼太郎」(『「明治」という国家』)というようにである。
西暦が元号になるとか、日付が月までで日はない、というちがいはあるが、まずはこれがごく一般的なかたちである。
「一九九二年春」(丸山億男『忠誠と反逆』)というように、年号や日付のあとに季節を入れるものも多い。
ところがこの日付の下に、まだ二言書いてしまう著者がいるのである。
あれはなんというのだろう、「何処々にて」だの「誰々のために」だの「これこれの日に」だのと、著者の思いや感慨が二日記されているのである。
読者でこの部分に気をとめるひとは多くないだろう。
わかしもまったく気にもならなかった。
ところがあることをキッカケに気になるようになった。
そうすると、もういけない。
気になってしかたがないのである。
もちろん、為書ではなかろうが、あれが貧乏くさく、かつ、いじましくて情けない。
あれを目にすると、うわっ、またバカがひとり出現、と思ってしまう。
もちろん、ひとそれぞれである。
なにを書こうと自由であるから、大きなお世話でもあろう。
その一言を書いてしまう著者のなかにはいい文章を書く人もあり、本としてならいい本もあるのである。
わたしの好きな著者もいる。
しかし、あれだけはどうもいけない。
よく街中で見かけるではないか。
用事が終わればさっさと家に帰ればよいのに、店の前でたむろしたままぐずぐずしている連中が。
別れ際に「悪いことせずにまっすぐ家に帰れよ」とか、なんか二言いわないと帰れない者が。
あれに似ているのだ。
その一言が虚ろだ。
その虚ろが、くどい。
どこだっていいじゃないかと思うのが「何処々にて」の「にて」派(派、というほどでもないが)。
二目加えるなかでは圧倒的にこれが多い。
このような「にて」を「あとがき日付」二目バカ、というのは当然語弊がありすぎる。
誤解のないようにいい直すが、「一言」著者のなかには「バカがいる」といっておこう。
つまり、この「にて」が、つぎのようになるとかなりいけない。
鷲田小頭太という札幌大学教授がいる。
もともと『戦後思想』などという硬い本を書いていたが、『大学教授になる方法』という本が売れてから味をしめ、その後、専攻の哲学を下敷きにして同工異曲の啓蒙本を量産している人である。
本来なら「バカ著名人」に登場する資格をもった逸材だと思われるが、こっちにした。
(はじめに)「一九九九年九月末日ようやく落ち葉の季節を迎えようとしている馬追山で」このひとの本を見ると多くの「あとがき」(時に「まえがき」)にこの「馬追山」がでてきて、読者はいなからにして四季折々の「馬追山」の移り変わりを知ることができる、つて、いったいどこにあるんだ、その「馬追山」は。
もう一例。
佐藤幹夫「二〇〇一年二月サザンオールスターズの『TSUNAMI』の流れる仕事場にて」(滝川一廣・佐藤幹夫『「こころ」はどこで壊れるか』)うーむ、これは弱つたな。
外国「にて」派。
学者に圧倒的に多いのがこのタイプである。
ほんとうに、外国滞在中に「あとがき」を書いているのだろうか。
林望「一九九一年十月ロンドンの寓居にて」(『イギリスは愉快だ』)諸富祥彦「一九九七年六月イギリスーノリッジにて」(『〈むなしさ〉の心理学』)田嶋陽子「一九九二年九月五日ロンドンにて」(『愛という名の支配』)加藤典洋「一九九七年二月パリ、サンーシュルピス広場、六月、志木、柳瀬川のほとりで」(『敗戦後論』)高橋哲哉「一九九九年一〇月秋深きベルリンにて」(『戦後責任論』)加藤典洋のものが少々くどいが、それを除けばこの派のものはそれほど目くじらを立てるほどのことでもないだろう。
この季節派も多い。
もしかしたら「にて」より多いかもしれない。
「バカ」どころか、納まりがよく、上品である。
くどさ度が最も低い。
こうやって集めてみると、納得できる顔ぶれである。
福田和也は以前、「平成七年四月二日」(『甘美なる人生』)、「平成六年九月一九日」(『日本人であるということ』)と元号派を表明していた(『日本の家郷』『南部の慰安』でもおなじである。
それが若い女を対象とした最新刊『悪の恋愛術』では「二〇〇一年七月二九日」と西暦を使用している。
転向か、それともたんなる商業上の戦術なのか。
一言のなかで最もタチのよくないのがつぎの叙情派である。
自己陶酔派といってもよい。
轡田隆史「二〇〇一年二月、ふと梅の香を感じながら」(『「考える力」をつける本』)轡田氏はおだやかないい人に見えるのだが、これはよくない。
溺れすぎている。
『「考える力」をつける本2』でも「思うことの多い夏の日の夕べに」とあって、これはな207んなのだろうか。
ら」(『司馬遼太郎』)しながら」(『白旗伝説』)松本にはふつうの日付だけのものもあるが、結構こういう叙情が好きらしい。
けっしていい趣味とはいえない。
というより、むしろ悪趣味である。
佐伯彰一「二〇〇一年名残りの桜、しきりと散り続ける日に」(『回想』)これも甘いなあ。
加藤のこれはたんなる思い入れだけで、無意味。
中島義道は『ウィーン愛憎』の「あとがき」ではたんなる日付派だった。
その後、記念日派に転じたようで、というようにあったのが、『うるさい日本の私、それから』では、「一九九八年九月一五日(敬老の日)ウィーンー九区の『隠れ家』にて」と、一言多くなった。
これでわたしは「ごとなったのである。
第五章でも書いたが、よくテレビ番組や雑誌であるではないか。
「おとなの隠れ家」とか「隠れ家的お店」などの紹介が。
わたしはこの「隠れ家」という言葉の俗物性とさもしさが腹の底まで嫌いなのだ。
この一言によってわたしは、中島に「俗物」根性を感じることになる。
その後、中島はまた「二〇〇一年五月十八日(母の喜寿)」(『ぼくは偏食人間』)と記念日派に戻ったようである(中島が「カラオケ」好きとわかってビックリした。
それにしてもよく記念日がつづくものだ)。
もともと「あとがき」日付のあとに著者がなにを書こうがどうでもいいことである。
わたしも以前はまったく気にもしていなかった。
それに注意を喚起されたのは右の中島義道の「隠れ家」と、小谷野敦のつぎの二言である。
この文章(?)を見て、こういうところにこだわっている人間がいるんだ、と思った。
と同時に、このような小谷野敦を、わたしは微笑ましく思っていたのである。
やがて小谷野はこの願望をめでたく実現する。
このようにである。
『もてない男』での二目を、わたしはてっきり小谷野のパロディだと思っていた。
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